靖国神社についての二著

昨日、上坂冬子さんの『戦争を知らない人のための靖国問題』(文春新書)を読んだ。その前に読んだ高橋哲哉さんの『靖国問題』と比較すると、はるかに私の考えに近いものだった。後者の著者は東大で哲学を教えている方のようで、理路整然としてはいるものの、それだけのことで、結論はリアリティからはるかに離れたところにある印象を受けた。だいたい、石橋湛山が戦後の一時期「非武装」を唱えたとして、それを自説の補強としているのはいただけない。そもそも石橋は再軍備論者だし、摘み食いはよくない。歴史の不勉強と言いたい。それに対して、上坂さんは作家だけに、大衆の実感を丁寧に扱っているのに好感が持てた。なお、上坂さんの著書については、一言補足しておきたい。

戦犯問題で昭和28年8月3日、衆議院本会議において「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」がなされた際の、その少し前の昭27年12月9日、次のような衆議院付議が行われたことを同著では紹介している。すなわち、「世界の残虐な歴史の中に、最も忘れることのできない歴史の一ページを創造いたしたものは、すなわち広島における、あるいは長崎における、あの残虐な行為であって、われわれはこれを忘れることはできません(拍手)。この世界人類の中で最も残虐であった広島、長崎の残虐行為をよそにして、これに比較するならば問題にならぬような理由をもって戦犯を処分することは、断じてわが日本国民の承服しないところであります(中略)。われわれ全国民は、これらの人々の即時釈放を要求してやまないのでございます。」とあるが、この発言者「古屋貞雄」代議士について上坂さんは触れていないので、あえて言及すると、彼は日本社会党の代議士であった。いまの極左化した社民党の人々は、この先輩の発言をいったいどう受け止めるだろうか。

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